絵画:ジョン・エヴァレット・ミレイ 「マリアナ」 1850-51年 John Everett Millais, Mariana, 1850-51.
音楽:J・S・バッハ ゴルトベルク変奏曲 BWV988 アリア
Johann Sebastian Bach, Goldberg Variationen BWV988 'Aria'.
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テニスンの詩「マリアナ」はミレイ以外にも様々な画家によって描かれてています。
テニスンの詩と絵画の「マリアナ」をお楽しみください。
マリアナ
濠をめぐらした屋敷のマリアナ
(『尺には尺を』)
アルフレッド・テニスン
岩波文庫 「対訳 テニスン詩集」 西前美巳編
黒々とした苔で花園は
どれもこれも分厚くおおわれて、
錆びた釘は抜け落ちていた
梨の木を妻壁にとめた結び目から。
こわれた小屋はもの悲しく、人気なく。
カタカタ鳴る掛け金ははずされた気配もなく、
古びた茅葺きは雑草が生え、荒れ果てて、
濠をめぐらすこの屋敷はさびしいばかりだった。
乙女はただ「私の人生は侘しいわ。
あの人が来ないから」と言った。
乙女は言った、「寂しくて、寂しくてしようがない。
もういっそ死んでしまいたい!」
Mariana
"Mariana in the moated Grange."--Measure for Measure.
With blackest moss the flower-pots
Were thickly crusted, one and all:
The rusted nails fell from the knots
That held the pear to the gable-wall.
The broken sheds looked sad and strange:
Unlifted was the clinking latch;
Weeded and worn the ancient thatch
Upon the lonely moated grange.
She only said, 'My life is dreary,
He cometh not,' she said;
She said, 'I am aweary, aweary,
I would that I were dead!'
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Valentine Cameron Prinsep, Mariana, 1888.
夕べ、乙女の涙は草の露とともに落ち、
その涙のかわかぬうちにも乙女の涙はまた落ちて、
やさしい大空も仰げなかった。
朝がたにも日暮れどきにも。
こうもりの群れが飛び交ったあと、
漆黒の闇が大空をつつむとき、
乙女は窓辺のカーテンを引き寄せ
暮れゆく平原を見やるのだった。
乙女はただ「今宵は寂しいわ。
あの人が来ないから」と言った。
乙女は言った、「寂しくて、寂しくてしようがない。
もういっそ死んでしまいたい!」
Her tears fell with the dews at even;
Her tears fell ere the dews were dried;
She could not look on the sweet heaven,
Either at morn or eventide.
After the flitting of the bats,
When thickest dark did trance the sky,
She drew her casement-curtain by,
And glanced athwart the glooming flats.
She only said, 'The night is dreary,
He cometh not,' she said;
She said, 'I am aweary, aweary,
I would that I were dead!'
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ジョン・エヴァレット・ミレイ モクソン版『テニスン詩集』より 「マリアナ」 1857年
John Everett Millais, Mariana, 1857.
夜の真っ只中に、
乙女は目覚めて夜鳥の鳴く声を聞き、
雄鶏は夜明けの一刻前に鳴き、
暗い沼地からは牡牛たちの声が
乙女のところに聞こえてきた。好転の望みも失せて、
夢の中でさえ乙女は侘しく歩むように思えた。
やがて冷たい風が灰色の眼の暁を目覚まし、
濠をめぐらした寂しい屋敷にも朝がやってきた。
乙女はただ「今日は侘しいわ。
あの人が来ないから」と言った。
乙女は言った、「寂しくて、寂しくてしようがない。
もういっそ死んでしまいたい!」
Upon the middle of the night,
Waking she heard the night-fowl crow:
The cock sung out an hour ere light:
From the dark fen the oxen's low
Came to her: without hope of change,
In sleep she seemed to walk forlorn,
Till cold winds woke the gray-eyed morn
About the lonely moated grange.
She only said, 'The day is dreary,
He cometh not,' she said;
She said, 'I am aweary, aweary,
I would that I were dead!'
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マリー・スパルタリ・スティルマン 「マリアナ」 1867-69年
Marie Spartali Stillman, Mariana, 1867-69.
庭の塀から石を投げて届くあたりに、
黒々とした水のよどむ水門が眠り、
その上にはたくさんの、まるくて小さな、
群れなす沼苔が這っていた。
すぐ近くではポプラの木が絶えず揺れ、
その樹皮はこぶだらけで、葉の色は銀緑。
見渡すかぎり ほかに木とてなく
坦々と広がる荒野に薄暮が迫っていた。
乙女はただ「わたしの人生は侘しいわ。
あの人が来ないから」と言った。
乙女は言った、「寂しくて、寂しくてしようがない。
もういっそ死んでしまいたい!」
About a stone-cast from the wall
A sluice with blackened waters slept,
And o'er it many, round and small,
The clustered marish-mosses crept.
Hard by a poplar shook alway,
All silver-green with gnarled bark:
For leagues no other tree did mark
The level waste, the rounding gray.
She only said, 'My life is dreary,
He cometh not,' she said;
She said, 'I am aweary, aweary,
I would that I were dead!'
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Henrietta Rae, Mariana, 1892.
そして月が空低く懸かり、
ヒューヒュー鳴る風が吹くときはいつも、
白いカーテンのあちこちに、
乙女は物影が激しくゆらめくのを見た。
しかし月がいよいよ低く傾き、
吹き荒れる風の、己が住処にこもるとき、
ポプラの影が乙女の顔を横切って
ベッドの上に差し込むのだった。
乙女はただ「今宵は侘しいわ。
あの人が来ないから」と言った。
乙女は言った、「寂しくて、寂しくてしようがない。
もういっそ死んでしまいたい!」
And ever when the moon was low,
And the shrill winds were up and away,
In the white curtain, to and fro,
She saw the gusty shadow sway.
But when the moon was very low,
And wild winds bound within their cell,
The shadow of the poplar fell
Upon her bed, across her brow.
She only said, 'The night is dreary,
He cometh not,' she said;
She said, 'I am aweary, aweary,
I would that I were dead!'
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ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 「マリアナ」 1870年
Dante Gabriel Rossetti, Mariana. 1870.
ひもすがら夢見るような館の中では、
扉の蝶つがいはキーキーきしみ、
蒼蠅は窓ガラスでぶんぶんうなり、ねずみは
崩れかかった羽目板のうしろでチューチュー鳴き、
裂け目からチロチロ顔をのぞかせた。
昔馴染みの顔がドアを通してぼんやり光り、
昔馴染みの足取りが二階を歩み、
昔馴染みの声が外から乙女を呼んだ。
乙女はただ「わたしの人生は侘しいわ。
あの人が来ないから」と言った。
乙女は言った、「寂しくて、寂しくてしようがない。
もういっそ死んでしまいたい!」
All day within the dreamy house,
The doors upon their hinges creaked;
The blue fly sung in the pane; the mouse
Behind the mouldering wainscot shrieked,
Or from the crevice peered about.
Old faces glimmered through the doors,
Old footsteps trod the upper floors,
Old voices called her from without.
She only said, 'My life is dreary,
He cometh not,' she said;
She said, 'I am aweary, aweary,
I would that I were dead!'
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ジョン・エヴァレット・ミレイ モクソン版『テニスン詩集』より 「マリアナ」 1857年
John Everett Millais, Mariana, 1857.
屋根の上では雀の囀り、
遅れた時計の刻む音、そして
言い寄る風を遠ざけるように
ポプラが応える音、これらすべてが乙女の気持を
動転させた。だが、乙女の一番忌み嫌ったそのときは
たくさんのほこりを浮き立たせる日の光が
部屋に差し込むとき、そして一日の太陽が
西の端に沈もうとするときだった。
そのとき乙女は言った、「わたしはとても侘しいわ。
あの人はもう来ないでしょうから」
乙女は泣いた、「わたしは寂しい、寂しい。
ああ神様、いっそ死んでしまいたい!」
The sparrow's chirrup on the roof,
The slow clock ticking, and the sound
Which to the wooing wind aloof
The poplar made, did all confound
Her sense; but most she loathed the hour
When the thick-moted sunbeam lay
Athwart the chambers, and the day
Was sloping toward his western bower.
Then, said she, 'I am very dreary,
He will not come,' she said;
She wept, 'I am aweary, aweary,
Oh God, that I were dead!'
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