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絵画:ジョン・エヴァレット・ミレイ 「オフィーリア」 1851-52年
John Everett Millais, Ophelia, 1851-1852.

音楽:リヒャルト・ワーグナー 歌劇『タンホイザー』より 「夕星の歌」
Richard Wagner, 'O du mein holder Abendstern' from "Tannhauser".




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There is a willow grows aslant a brook,
That shows his hoar leaves in the glassy stream;
There with fantastic garlands did she come
Of crow-flowers, nettles, daisies, and long purples
That liberal shepherds give a grosser name,
But our cold maids do dead men's fingers call them:
There, on the pendent boughs her coronet weeds
Clambering to hang, an envious sliver broke;
When down her weedy trophies and herself
Fell in the weeping brook. Her clothes spread wide;
And, mermaid-like, awhile they bore her up:
Which time she chanted snatches of old tunes;
As one incapable of her own distress,
Or like a creature native and indued
Unto that element: but long it could not be
Till that her garments, heavy with their drink,
Pull'd the poor wretch from her melodious lay
To muddy death.

HAMLET, Act 4, Scene 7


柳の木が小川の上に斜めに、
白い葉裏を鏡のような水面に映して立っているあたりで、
その小枝をとりまぜてあの子は珍しい花冠を作りました、
きんぽうげにいらくさ、雛菊、それから紫蘭、
あれはいたずらな羊飼いたちがもっとはしたない名を付けているけれど
貞淑な娘たちは死人の指と呼んでいる。
垂れ下がっている枝にそのかわいい花冠を掛けようと
あの子が登っていったとき、意地の悪い小枝が折れて、花輪と一所にあの娘は
啜り泣く小川に落ちてしまった。衣裳の裾がひろがって、
それに支えられて、人魚のように暫く浮かんでいるあいだ、
あの娘は切れ切れに古い祈りの唄をうたっていました。
まるで自分の不幸が分からない人のように、
でなければ水に生まれてその中に
棲みなれていた何かのように。けれどもそれもつかのまのことで、
やがて着物が、水を吸い込んで重くなり、
かわいそうなあの子の唄は川底の泥へ
引き込まれて消えてしまった。

『ハムレット』第4幕7場より
シェイクスピア『ハムレット』 木下順二訳 講談社文庫

 ラファエル前派の絵画の中でももっとも有名なミレイの代表作『オフィーリア』。
 描かれているのウィリアム・シェイクスピアの四大悲劇『ハムレット』第4幕のオフィーリアの死です。
 デンマークの王子ハムレットは父王が亡くなり、すぐさま母ガートルードが父の弟で新たな王となったクローディアスと再婚したのに疑念を抱いていました。そんなハムレットの前に父の亡霊が現れ弟に殺されたことを告げます。
 父を毒殺して母と結婚した叔父に復讐を誓い、殺人の確証を得ようと、気が触れた風を装い、宰相ポローニアスの娘で恋人のオフィーリアにも冷たくあたります。本当のことを知らないオフィーリアは嘆きます。
 ハムレットはやがて王が父を暗殺したという確かな証拠を掴みますが、王と誤ってポローニアスを殺害してしまいます。オフィーリアはハムレットの突然の心変わりと、彼の手にかかって父親が死んだことで、悲しみのあまり気が狂い、花を抱えさまよっているうちに川に落ち、死んでしまいます。
 その死の場面はハムレットの母、王妃ガートルードにより語られていて、それが上記引用したセリフです。

 ミレイが描いた『オフィーリア』のモデルは、同じラファエル前派の画家ロセッティの妻となるエリザベス・シッダルです。エリザベスはミレイの要望通り、湯の張られたバスタブの中でポーズを取り続けた為に風邪を拗らせてしまい、ミレイは彼女の父親から治療費の支払いを請求されたという逸話も残されています。



「オフィーリア」のための習作 1852年
Study of Ophelia, 1852.


 オフィーリアのモデル、エリザベス・シダルは帽子屋の店員をしていましたが、ラファエル前派の画家たちにモデルとして見出され、ウォルター・ハウエル・デヴァレルの「十二夜」(1849-50)やホルマン・ハントの「シルビアを救い出すヴァレンタイン」(1851)など数々の作品に描かれました。
 エリザベスはロセッティと恋に落ち10年の交際の末1860年に結婚しますが、結婚前も結婚後も彼の浮気に悩まされ、病弱な彼女は彼との子どもを死産してしまいます。その後、彼女は常用していた阿片を過剰に服用し、32歳でこの世を去ってしまうのです。


ロセッティが描いたエリザベス・シダルの肖像 1854年
Portrait of Elizabeth Siddal by Rossetti, 1854.


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ジョン・エヴァレット・ミレイ 「オフィーリア」のための習作 1852年
John Everett Millais, Study of Ophelia, 1852.


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