音楽:サン=サーンス 組曲『動物の謝肉祭』より 「白鳥」
Camille Saint-Saens, The Swan (Carnival of the Animals).

絵画:ギュスターヴ・モロー 「レダ」
Gustave Moreau, Léda, 1869.

Johnny WEIR
2005-06 Short Program



 1994年のリレハンメル・オリンピックのエキシビションで、氷の上で、サン=サーンスの「白鳥」の曲を使ったバレエ『瀕死の白鳥』を可憐に舞った16歳の少女がいました。女子シングル、金メダリストのウクライナのオクサナ・バイウル選手です。伝説のバレリーナ、アンナ・パブロワのように真っ白なクラシック・チュチュに、胸には赤のブローチ、小波のような手の動き、とても綺麗で、そこが氷の上だと忘れてしまいそうでした。

 このオクサナの演技に感動し、スケートを始めた1人のアメリカの少年がいました。
 12歳という選手としては遅い年齢でスケートを始めたものの、たちまち頭角を現し、2005年-2006年シーズン、ショートプログラムで、この「白鳥」を美しく滑ってくれました。

 この「白鳥」を初めて見たのは、テレビ放送された2005年グランプリシリーズのロシア大会でした。
 ロシアの天才、エフゲニー・プルシェンコ選手の、敏捷な悪魔のような素晴らしい演技に釘付けになった後、登場した1人の選手に、白い翼の天使を見たような気がしました。
 競技だというのに、解説などいらず、ただ音楽だけを聞き、溜息の出るような美しい演技だけを見たいと思いました。

 アメリカのジョニー・ウィアー選手。

 白鳥の翼を思わせる衣装に、片方だけ赤い手袋は、バレエ『瀕死の白鳥』を最初に踊ったアンナ・パブロワの、白い羽をあしらったクラシック・チュチュと胸に飾った赤いルビーを意識してのことでしょうか。

 この「白鳥」は、GPシリーズカナダ大会とロシア大会、全米選手権、トリノ・オリンピック、世界選手権の、5つの映像を見ることができました。そのうち本人も納得のいくノーミスの演技は全米選手権のみで、このシーズンはスランプ状態でした。
 それでも、このタチアナ・タラソワ振付のこの「白鳥」と、彼の演技は素晴らしく、完全な演技でない時でさえも、本人も驚くくらいの高い評価を受けました。
 そのもっともたるものがトリノ・オリンピックのSPです。
 他の選手が転倒など、大きなミスをする中で、最後のスピンが乱れたこと以外は、ジャンプもすべて入り、ほぼノーミスの演技でした。
 けれど、完璧だった全米選手権に比べると、スピードも押さえ気味、スピンの乱れも気になったのか、演技を終えた後、小さく肩をすくめていました。本人は意識していないと思いますが、そんな仕草も、とても可愛らしかったです。
 この時、演技の最後のポーズを少し変更し、これまでは手をあげたままだったポーズが、静かに手を顔へと降ろしてくのが、美しい余韻を残しました。まるで、このページに飾っているモローの「レダ」の絵のようでした。
 浮かない表情で、キス・アンド・クライに着いたものの、思いもかけない高い点数が出て2位。他を圧する演技のロシアのプルシェンコ選手に次ぐ点数でした。みるみるうちに、顔も晴れやかになっていきました。



Milo Winter, Wild Swans (Hans Andersen's Fairy Tales), 1916.


 オリンピックでSPは高い評価を受けたものの、フリーの「秋によせて」では、予定していた四回転がダブル・アクセルになったことから崩れはじめ、コンビネーション・ジャンプが一つ抜けたりと、とても本来のすべりとはほど遠い出来で、5位となってしまいました。
 この大会はどの選手も不調で、たとえ四回転を跳ばなかったとしても、本来のすべりができたのなら、メダルは取れたのではと残念でなりませんでしたが、もしも不調のままの状態でメダルを取っていたら将来はどうなっていたのだろうと考えると、これで良かったのかもしれません。

 心配していた通り、あと一歩というところでメダルを逃したことは、アメリカ国内で、かなりの批判を受けたようで、それが次の大会へと闘志を燃やすことへと繋がりました。
 けれど更に試練は続き、1ヵ月後の世界選手権では背中をひどく痛め、棄権さえも考えたほどのひどい体調で大会にのぞみました。
 そしてこの「白鳥」でも、今まで見たことのないようなつらそうな表情で演技し、最後のスピンで軸がずれ、6位となりました。
 フリーでは、オリンピックでは跳べなかった四回転を跳びましたが、演技途中に転倒。2秒ほど動けない状態で息を呑みましたが、立ち上がり、演技を続け、順位を一つ下げ7位になりました。 キス・アンド・クライでは、点数も見ずに俯いていましたが、あげた顔には涙はありませんでした。

 2005-2006年シーズンの不調は、GPシリーズ最初のカナダ大会から始まっていました。SPでは2位につけたものの、フリーでは足を痛め、ジャンプがまったく飛べず7位。キス・アンド・クライで涙を流しました。
 この結果から、NHKのBS1でのGPシリーズのカナダ大会のテレビ放送で、国際大会初お披露目となったSPの「白鳥」はカットされ、ずっと後に、世界選手権が終わった後に、この時の「白鳥」を見ました。
 美しい演技でしたが、最初のジャンプで転倒、このミスがなければ、SPで1位だったかもしれません。
 演技を終えた彼は、キス・アンド・クライで、カメラに向かって、赤い手袋をした右手を鳥の嘴(くちばし)のように、パクパクさせてみせて、愛嬌をふりまいていました。
 そう、スピンをしている時に手を上げると、その赤い手袋が白鳥の嘴に、腕は白鳥の首のように見えるのです。
 この時のキス・アンド・クライの可愛らしいエピソード。
 演技を終えた選手の座るソファには、座れないほどたくさんのクッションが置いてあって、それをどかしながら座ると、重ねたクッションの上にことんと頭を乗せて、「おやすみなさい」というように横になり、隣のプリシラ・コーチに「これこれ」という形で起こされ、会場に明るい笑いを誘っていました。バレエ『白鳥の湖』の、母親に溺愛されている、ちょっぴり甘ったれな王子を思い出し、そんなちょっとした仕草も、本当に絵になりました。
 ファンとしては、可愛らしさに笑いながらも、少し泣きました。
 この後のフリーで、まったく跳べなかった演技と涙に比べると、世界選手権は、なんて成長したのだろうと思います。

 おそらく、今のジョニー・ウィアー選手にとって代表作はこの「白鳥」だと思います。
 不調ながらも、なぜこのプログラムが高い評価を受けたのか。また、本当に優勝したのなら、演技に何が必要なのか。また体調管理と、一番大切な世界選手権で、そのシーズンの演技のピークを持ってくることも必要です。

 まだまだ課題の残る選手ですが、心からの望みは、1度でも多く彼の演技を見ること。
 彼の演技は感動というよりも、恋をしてしまいます。
 初めて見た時から、見るたびに、何度でも。

 2007年の東京での世界選手権では、表彰台で彼の笑顔が見られればと思います。できることなら、一番高い場所で。




ギュスターヴ・モロー 「レダと白鳥」
Gustave Moreau, Leda and the Swan, 1894.


Der Vogel kämpft sich aus dem Ei.
Das Ei ist die Welt.
Wer geboren werden will, muss eine Welt zerstören.
Der Vogel fliegt zu Gott.
Der Gott heisst Abraxas.

                  (Hermann Hesse, "Demian")

鳥は卵の中から抜け出ようと戦う。
卵は世界だ。
生まれようと欲するものは、一つの 世界を破壊しなければならない。
鳥は神に向かって飛ぶ。
神の名をアプラクサスという。

               (ヘルマン・ヘッセ著 高橋健二訳  『デミアン』より)

The bird is fighting its way out of the egg.
The egg is the world.
Whoever wishes to be born must destroy a world.
The bird is flying to God.
The god is named Abraxas.


                  (Hermann Hesse, "Demian")


Hermann Hesse (2 July 1877 - 9 August 1962) was a German-Swiss poet, writer and painter. In 1946, he received the Nobel Prize for Literature.
He is the same birthday as Johnny.

 ドイツの詩人で作家のヘルマン・ヘッセ(代表作は『車輪の下』)は、ジョニー・ウィアー選手と同じ7月2日生まれです。私が誕生日を覚えている作家はヘッセだけ、命日を覚えているのは三島由紀夫だけ。一番好きな作家と大好きな選手が同じお誕生日だなんて、とても嬉しかったです。