音楽:『サウンド・オブ・ミュージク』より 「私のお気に入り」
My Favorite Things (Sound of Music)


絵画:ソフィー・アンダーソン 「天に向かって」
Sophie Anderson, Heavenwards.


Oksana Baiul
1992-1993, 1993-1994, Long Program



 オリンピックという大きな舞台で優勝した選手の多くが、そのまま引退、プロに転向してしまいます。
 長い間素晴らしい演技を見せた後、アマチュア選手生活の区切りとする場合もありますが、、ジュニアからシニアになったばかりの若い選手が、勢いと幸運に恵まれて(才能と実力はもちろんですが)、一瞬輝き、そのまま姿を消してしまう場合もあります。女子シングルの場合がそうで、1994、1998、2002年の冬季オリンピックでの、女子シングルでの金メダリストは、オクサナ・バイウル 16歳、タラ・リピンスキー 15歳、サラ・ヒューズ 16歳、いずれもオリンピックを機に引退してしまいました。プロとしてはあまり活躍しなかった上、海外の選手によるアイス・ショーの少ない日本では、更にその姿を見ることはなくなります。
 そしてその後、大人になってしまった彼女たちを見て、あの少女はどこに行ってしまったのだろうと、懐かしさと、なんとも言えない哀しみを感じます。

 タラとサラは、私にとってはそれほどの愛着はありませんが、オクサナ・バイウルだけは、その後も幾度となく思い出す、忘れられない特別の選手です。
 美しく可憐で、1994年のリレハンメル・オリンピックは、ショート・プログラム、フリー・スケーティング、エキシビション、すべてで忘れることのできない、美しい記憶を刻みました。

 リレハンメル・オリンピックでSPが終わった時点で、アメリカのナンシー・ケリガンに続き、オクサナは2位。十分優勝できる位置にいましたが、SPの翌日、練習中に他の選手とぶつかり、3針を縫う大怪我をしてしまいます。
 オクサナのSP、『白鳥の湖』の「黒鳥」に、すっかり魅せられていた私は、もしかしたら棄権かもしれないと、悲しさと不安でいっぱいになりましたが、オクサナは痛み止めをうち、翌日のフリーに出場しました。

 そして迎えたフリー当日。
 最終グループの練習で見たオクサナの足には、ストッキングの向こうに、白い包帯が巻かれているのが痛々しかったです。
 滑走順は、彼女をリードしているケリガンの後でした。
 ピンクの衣装で、金髪巻き毛をなびかせ、名作ミュージカルのメドレーを、可憐に踊るオクサナは、曲が変わるたびに愛らしかったり、ちょっぴりコケティッシュだったり、様々な表情を見せてくれ、ジャンプが決まると、ふわっと優しい笑顔になって、見ているこちらまで、幸せな気持ちになりました。
 ただこの時の演技は、彼女の可憐さにのまれたものの、ノーミスというわけではありませんでした。怪我の影響もあったのでしょうか。3回転の予定だったジャンプが、両足着地になったり、ダブルになったり、それによって演技が崩れることはなかったものの、SP1位のケリガンがフリーでもノーミスの演技だっただけに、オクサナ自信もだめだと思ったのでしょうか。キス・アンド・クライでは、コーチの顔を見た途端、泣きじゃくっていました。
 ところが、表現力が高く評価され、逆転1位となります。
 結果を知ると、目を丸くして驚き、ますます涙が止まらなくなってしまい、なかなか表彰式ができないほどでした。

 客席には、同じウクライナのヴィクトール・ペトレンコ、旧ソ連つながりのロシアのゴルデーワ&グリンコフが応援に来ていて、オクサナに惜しみない拍手を送っている姿も、とても感動的でした。
 オクサナには両親はなく、コーチが親代わりだったそうです。同じペトレンコも、兄のような存在だったようです。そんな境遇も、フリーでのピンクの衣装で可憐に舞い踊る姿とかぶって、シンデレラを思い出しました。

 そして忘れられることのできない、エキシビションの「瀕死の白鳥」。
 オクサナは、シンデレラから天使になっていました。本当に翼を持っているのではと思うほど、綺麗でした。

 長い時間、見ることはできなかった選手で、これほど残念に思った選手はいません。
 記憶の中で、いつまでも色褪せることなく、輝き続ける氷上のバレリーナ、永遠の少女です。



Sophie Anderson, Take the Fair Face of Woman.


 オクサナのリレハンメル・オリンピックでのフリー、ミュージカル・メドレーは、『サウンド・オブ・ミュージク』のほかに、『マイ・フェア・レディ』『ウェストサイド物語』『コーラスライン』『キャバレー』と、名作ミュージカルの、名曲がつまっていました。
 前年の1992-1993シーズンのフリーもこのプログラムで、オクサナは93年世界選手権で、15歳で優勝しました。

 このミュージカル・メドレーの、曲の構成は以下の通りです。曲名をクリックすると、音楽が流れます。

『マイ・フェア・レディ』より 「スペインの雨」
The Rain In Spain (My Fair Lady)


『サウンド・オブ・ミュージク』より 「私のお気に入り」
My Favorite Things (Sound of Music)


『ウエスト・サイド物語』より 「ひとつの心」
One Hand One Heart (West Side Story)


『コーラスライン』より 「ワン」
One (A Chorus Line)


『キャバレー』より「キャバレー」
Cabaret (Cabaret)




ソフィー・アンダーソン 「舞踏会の準備」
Sophie Anderson, Ready For The Ball.