音楽:リヒャルト・シュトラウス 歌劇『サロメ』より 「7つのベールの踊り」
Richard Straussy, Dance of the Seven Veils from "Salome".


絵画:ギュスターヴ・モロー 「ヘロデ王の前で踊るサロメ」
Gustave Moreau, Salome Dancing before Herod,1876.


Michelle Kwan
1995-96 Long Program



 ミシェル・クワンの経歴を見ると、本当に驚きます。
 1998年から2005年まで全米選手権8連覇、1996年の優勝を合わせると9回、1997年のみ、長野五輪で優勝したタラ・リピンスキーに優勝を奪われています。ただ一度。これは一つの運命なのでしょう。そして世界選手権では5回優勝しています。

 素晴らしい成績、完璧な演技を残しながら、この曲を聞いたら彼女を思い出すという作品はありません。「カルメン」「シェエラザード」「トスカ」「ボレロ」、名曲も使ってはいるのですが、音楽を聞いて、ミシェルを特に思い出すことはありません。
 その半面、盛り上がりのない単調な曲であっても、彼女なら美しいプログラムに仕上げられるというのが、彼女の素晴らしい長所だと思います。1999-2000シーズンのフリー「レッド・ヴァイオリン」などは、彼女以外に素晴らしい作品に仕上げられる人はいないと思います。大人…なのでしょう。

 けれど、ずっと昔、恐ろしいばかりに、彼女の存在を印象づけた作品を見たので、もう一度そんな作品を見せてほしかったという気持はあります。

 目を見張るほどの圧倒的存在感。その時、ミシェルは15歳でした。
 1996年世界選手権の「サロメ」。

 1994年、リレハンメル・オリンピック直後に行われた日本での世界選手権。オリンピック銀メダリストのナンシー・ケリガンに代わって、日本に来たのがミシェルで、13歳の少女は勢いよくリンクに飛び出していきました。少女というより、更に幼い子どもに見えましたが、その時、初出場ながら8位という素晴らしい成績を残しました。

 元気のいい女の子は、たった2年で変貌します。

 「サロメ」の物語は、新約聖書中のエピソードの一つです。
 古代パレスチナの領主ヘロデ王は、救世主の到来を予言した、人望の厚いヨハネを捕えます。ヘロデの後妻、王妃ヘロデヤは、自分の連れ子である娘に舞を舞わせ、娘にその報償として、王にヨハネの首を求めるように仕向けます。
 母に利用されたこの娘は、聖書では名はなく、「サロメ」という名は後から伝わっていったものです。けれど、このエピソードを元にした、オスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』(1893)では、サロメが洗礼者ヨヘンであるヨカナーンの首を求めたのは、彼女の歪んだ愛として描いていました。

 ミシェルの「サロメ」は、衣装、メイク、音楽、振付も、インドやアラブを思わせる東洋的なもの。まだ女性になりきららい少女ミシェルは、幼さと妖艶さを両方併せ持ち、舞いながらジャンプをすべて決め、素晴らしい技術、芸術性をまざまざと見せ付けました。
 何よりも圧倒的な存在感。これが15歳なのかと驚きましたが、今思えば15歳だからこそあの不思議な魅力は出たのだと思います。

 香りこそしないけれど、清楚さと華やかさを併せ持つ胡蝶蘭、その花のようなミシェルは、咲き始めた頃、一瞬だけ、人を幻惑させる芳香を放ったのでした。

 ミシェルがこの「サロメ」で使用したのは、リヒャルト・シュトラウスの『サロメ』のほかに、Miklos Roszaの「King of Kings」より“Salome's Dance”、Ippolitov-Ivanovの「Caucasian Sketch」より“ In the Village”の3曲となっていますが、シュトラウス以外は分かりません。



Gustave Moreau, Salome with Column, 1885-90.