音楽:プッチーニ 歌劇『トスカ』より 「星は光りぬ」
Giacomo Puccini, E lucevan le stelle (Tosca).

絵画:ルイ・イカール 「恋人たち(デ・グリューとマノン・レスコー)」
Louis Icart, The Lovers, Chevalier Des Grieux et Manon Lescaut, 1930.


Alexei YAGUDIN, 2000-2001 Long Program
Irina SLUTSKAYA, 2001-2002 Long Program
Michelle KWAN, 2003-2004 Long Program
Tatiana NAVKA and Roman KOSTOMAROV, 2004-2005 Free Dance
Stéphane LAMBIEL, 2004-2005 Exhibiton

Evgeni PLUSHENKO, 2005-2006 Long Program



CAVARADOSSI
E lucevan le stelle,
e olezzava la terra
stridea l'uscio dell'orto,
e un passo sfiorava la rena.
Entrava ella, fragrante,
mi cadea fra le braccia.
Oh! dolci baci, o languide carezze,
mentr'io fremente
le belle forme discogliea dai veli!
Svanì per sempre il sogno mio d'amore...
L'ora è fuggita e muoio disperato!
E non ho amato mai tanto la vita!


カヴァラドッシ
星が輝いていた
そして大地が かぐわしい香りを 立ち昇らせていた
果樹園の戸がきしみ
砂地の上を 軽い足音が進んできた
甘い香りをただよわせ 彼女が入ってきて
私の腕の中に崩れ込んだ
ああ 甘い接吻(くちづけ) やさしい愛撫
その間 私は震えながら
彼女の美しい体から 衣服を解き放とうとした
私の愛の夢は もはや永遠に消えてしまった
時は去ってしまった
私は絶望の中で死んでゆくのだ
私は今ほど 自分の命を愛しいと思ったことはない


Leopoldo Metlicovitz, Tosca.


 プッチーニのオペラ『トスカ』のアリア「星は光りぬ」は、とてもドラマチックなので、フィギュアスケートでよく使われる人気の曲です。
 しかも、世界チャンピオンとなった選手たちの多くが、この曲を使っています。

 まず記憶に新しいところでは、2006年トリノ・オリンピック優勝のエフゲニー・プルシェンコのショート・プログラムでした。スローな曲を無視した、目もとまらぬほど速いステップは忘れられません。
 また彼はエキシビションでも、この「トスカ」を使いました。
 プルシェンコについては、別なページを設けて、たくさん綴りたいと思います。

 まずプルシェンコの最大のライバルであり、2002年のソルトレイク・オリンピック金メダリストのアレクセイ・ヤグディン。
 2000年の世界選手権のフリーでした。
 1999-2000シーズン、ヤグディンのフリーは「ブロークン・アロウ」でしたが、世界選手権で「トスカ」に変更となりました。
 彼の演技スタイルを変えた1998-99シーズンの「アラビアのロレンス」と、代表作となる2000-2001シーズンの「グラディエーター」の間にあるこのプログラムは、力強いジャンプと華麗なステップが盛り込まれていて、上半身で苦しみや悲しみを力いっぱい表現する部分などは、「グラディエーター」の片鱗がみえて、この時に彼のスタイルは完成しつつあったのだと思います。

 そして2001-2002年のイリーナ・スルツカヤのフリー。
 しっとりと大人っぽい、美しいプログラムでした。
 おもしろいと思うのは、2003-2004シーズンで「トスカ」をミシェル・クワンがフリーで使用していますが、こちらはきりっとした、ミシェルにしては情熱的で激しいものでした。活発なイメージのイリーナ、しっとりとしたイメージのクワン、「トスカ」については、2人のイメージが入れ替わっていたのが、意外で興味深かったです。しかもどちらも素敵なプログラムでした。
 イリーナは、この「トスカ」で、2002年のソルトレイク・オリンピックに参加しましたが、優勝候補だった彼女は、転倒こそはしなかったものの、ジャンプのミスがいくつかあり、パーフェクトな演技をしたサラ・ヒューズの破れ、涙の銀メダルとなりました。
 その1月後に、長野で開催された世界選手権では、オリンピックで失敗した連続ジャンプもすべて入り、しっとりとした演技にも磨きがかかり、彼女の世界に引き込まれました。そしてみごとに優勝し、雪辱を果たしました。

 2003-2004年のミシェル。クワンのフリー。
 しっとりとしていて、激しい情熱を込めた、美しいこの曲は、ミシェルにとても似合っていたと思います。
 ただこの曲は男性のアリアで、歌詞と演技の内容は関係あるのかというと、正直に言えば、クワン(とプルシェンコ)の演技には、関係はないような気がします。音楽に合わせて演技をするモダン・バレエのような世界、しかも彼女の個性をアピールするのが、彼女の演技の特徴だと割り切ってみると、このプログラムは、本当に美しく、彼女の世界を出していたと思います。
 2004年の世界選手権優勝は荒川静香選手で、ミシェルは3位(2位はサーシャ・コーエン)でしたが、ミシェルのプログラムの中では、1995-96シーズンの「サロメ」の次に好きです。

 2004-2005年、アイスダンス、ロシアのナフカ&コストマロフ組のフリー・ダンス。
 このカップルの演技で私のベストワン作品です。
 最初の顔を寄せ合うようなポーズも、クリマックスでナフカがのけぞるポーズも、激しくも美しい愛の世界で、まさに「トスカ」の世界で、スポーツということを忘れ、2人の世界に酔いしれました。
 このフリー・ダンスで、世界選手権は優勝し、翌年のトリノ・オリンピックは「カルメン」で、金メダリストとなりました。

 2005年世界選手権で優勝したステファン・ランビエールのエキシビション。
 グランプリ・シリーズでも表彰台に登ったことのなかった彼が、驚きの初優勝で、初々しいエキシビションを披露してくれました。
 ヴォーカル付きですべってくれましたが、袖の部分がシースルーの黒で、がっしりとした印象だった彼が華奢に見え、手の動きがバレエ的で美しく、力強いフリーの「キング・アーサー」とはまったく違った繊細な愛の世界を見せてくれました。

 最後に、この「トスカ」は2005-2006シーズンで引退した、日本のエース本田武史選手の、アマチュアとして最後のフリーでした。





英訳 「星は光りぬ」

CAVARADOSSI
How the stars seemed to shimmer,
the sweet scents of the garden,
how the creaking gate whispered,
and a footstep skimmed over the sand,
how she then entered, so fragrant,
and then fell into my two arms!
Ah sweetest of kiss, languorous caresses,
while I stood trembling, searching her features
concealed by her mantle.
My dreams of pure love,
forgotten forever! All of it's gone now!
I die hopeless, despairing, and never before
have I loved life like this!



アドルフォ・ホーエンシュタイン 「トスカ」
Adolf Hohenstein, Tosca.


 オペラ『トスカ』は、歌に生き、恋に生きた、歌姫トスカの物語です。
 トスカの恋人で画家のマリオ・カヴァラドッシは共和派で、主義を同じくする政治犯の友人をかくまってしまいます。
 カヴァラドッシは、ナポレオンに共和主義者を取り締まる残忍な警視総監スカルピアに捕えられ、友人の居場所を教えるように拷問にかけられます。カヴァラドッシは口を割らなかったものの、スカルピアに恋人のむごい姿を見せられたトスカは、ついに居場所を白状してしまいます。
 ナポレオンが戦いに勝利したものの、スカルピアを侮辱したカヴァラドッシは死刑を宣告されてしまいます。トスカはスカルピアに助命を願いますが、そんな彼女にスカルピアは代償として、彼女に自分に身を任せるように言います。

 死刑を宣告された恋人カヴァラドッシを救うために、警視総監スカルピアに言われたトスカは、死にたいと嘆きながらも、仕方なく同意します。
 スカルピアはカヴァラドッシの処刑をふりだけにするように命じ、トスカに近付きますが、その時、トスカはテーブルにナイフがあるのに気付き、「これが私のキスよ!」と、スカルピアを刺し殺してしまいます。
 一刻も早く国外に2人で逃げなければと、トスカはカヴァラドッシのもとに急ぎます。

 一方、死刑を間近に控えたカヴァラドッシは、トスカへの最後の手紙を書きながら、悲しみのアリア「星は光りぬ」を歌います。

 その時、トスカが現れ、死刑はお芝居だと安心させます。
 銃声がとどろき、倒れるふりをした恋人にトスカは近付きました。ところが彼は血にまみれ、死んでいました。スカルピアは彼女をあざむいたのです。
 スカルピア殺害の罪でトスカを追う声が近付いてきます。城壁に駆け上がったトスカは、そこから身をおどらせるのでした。

アルフォンス・ミュシャ 『トスカ』のポスター
Alphonse Mucha, La Tosca, 1899.