音楽:シベリウス 「悲しきワルツ」 作品44-1
Jean Sibelius, Valise triste op.44 No.1.
絵画:トーマス・ゲインズバラ 「青衣の少年(ジョナサン・バトール)」
Thomas Gainsborough, The Blue Boy (Jonathan Buttall), 1770.
Johnny WEIR 2003-04 Short Program
フィンランドの作曲家シベリウスの代表作の一つ「悲しきワルツ」は、2003-2004シーズンのジョニー・ウィアー選手のショート・プログラムの曲です。
2004年の全米選手権──
2003-2004シーズンは、2001年の世界ジュニア・チャンピオンになり、栄光の道を歩むかに見えたジョニー・ウィアーでしたが、2003年の全米選手権をフリーで途中棄権したため、翌年のグランプリ・シリーズに出ることも許されなかった、悪夢のような年でした。そしてこの2004年の全米選手権は、地方大会から勝ち抜いた上で出場した大会でした。
前年までの子どもらしさを残した顔とはうって変わって、もともと整った顔立ちが、透き通るような美貌に変わっていました。
衣装はヴィクトリア朝時代の少年が着るような、黒地に白のレースのがふんだんについた美しいもので、胸に赤い花をつけていました。シベリウスの哀しげな美しいワルツですべる姿は、死の舞踏会の幻のように、退廃的で、とても美しかったです。天使のようにも悪魔のようにも、美少年にも美少女のようにも見えました。
精悍で爽やかなスポーツマンの印象を持っていたアメリカ選手の中で、壊れてしまいそうな繊細さ、儚げで美しい彼の演技は異彩を放ちながら、人を惹き付けずにはおきませんでした。
全米選手権で、みごとに初優勝を果たし、その後の世界選手権で、このプログラムは更に洗練され、華やかなバレエを見るようでした。
以下に飾ったトーマス・ローレンスの「ランプトンの肖像」の少年が、もしそのままの美貌で成長したら、こんな姿になるのではと、ジョニー・ウィアー選手を見ながら思いました。
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トーマス・ロレンス「ランプトンの肖像」
Sir Thomas Lawrence, Master Lambton.
病の床につく1人の女性。
彼女は夢うつつにワルツを聴きます。
彼女の前に、1人の客が訪れます。
憑かれたように彼女は起きあがり、客と共に踊り始めます。そして踊りが頂点に達した時、音楽は扉を叩くノックによって破られ、同時に客の姿も消えてしまいます。
戸口に立っていたもの、それは“死”でした。
1903年、シベリウスは義兄のアルヴィド・ヤルネフェルトの台本を元に、6曲からなる付随音楽『クオレマ』を作曲しました。“クオレマ”とは、フィンランド語の“死”という意味です。
後にシベリウスは『クオレマ』の曲を、それぞれ独立した曲として編曲し、発表しました。その第1曲、主人公の母親が死神と踊る場面で演奏された曲が、「悲しきワルツ」でした。
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George Frederic Watts, Paolo and Francesca (circa 1872-1884)
上に飾った、ジョージ・フレデリック・ワッツの絵画を見て思い出しましたが、折れてしまいそうに、ほっそ〜いジョニー君ですが、実は着やせ、脱ぐとけっこうマッチョなのです。とっても素敵よ〜♪ お洒落な服を着ている方が好きですが。
『クオレマ』の中の「悲しきワルツ」の物語を知り、作曲家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの死のエピソードを思い出しました。
モーツァルトの元に突然客人が訪れ、死者のためのレクイエム(鎮魂歌)を依頼し、モーツァルトはその客人に不吉なものを感じ、レクイエムの作曲中に亡くなってしまいます。
このエピソードは、映画『アマデウス』でも描かれています。この映画の中で描かれる、子どもっぽくて下品で、けれどすさまじいほどの天才モーツァルト。1999年、16歳のエフゲニー・プルシェンコを見た時、彼にアマデウス・モーツァルトを重ねました。
映画の中で、モーツァルトに殺意を込めてレクイエムを依頼するのは、彼の才能に嫉妬し続けた、凡人である作曲家でしたが、もしもこの時、依頼されたのがレクイエムではなく、「悲しきワルツ」で、訪れた客人がジョニー・ウィアーだったら、プルシェンコ・モーツァルトが作曲するのは、モーツァルトが死の半年前に作曲した、あまりに美しい名曲「Ave verum corpus KV618」ではないかと思うのです。 |
ジョン・エヴァレット・ミレイ 「ロンドン塔幽閉の王子」
Sir John Everett
Millais, The Princes in the Tower. 1878.
「悲しきワルツ」 ピアノ・アレンジ
[MIDI] Jean Sibelius, Valise triste (Piano arrangement).
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