音楽:ビゼー 歌劇『カルメン』より 「ハバネラ」
Georges Bizet, Habanera (Carmen).

絵画:ルイ・イカール 「スペイン風のショール」
Louis Icart, Spanish Shawl, 1922.

( Katarina Witt, Fumie Suguri )



 ビゼー作曲の『カルメン』は、フィギュスケートで多く使われる曲ですが、一番印象に残っている“カルメン”といえば、やはり女子シングル、東ドイツのカタリーナ・ヴィットです。
 ヴィットは、1984サラエヴォオリンピック、1988年カルガリーオリンピックの金メダリストです。 私が見たのはカルガリー・オリンピックのみですが、その時見た「カルメン」の衝撃は忘れられません。

 バレエ的なスペイン風の赤い衣装に身を包み、細いのに威圧感がり、白い肌に血のように赤い唇、眼差しは妖艶さと迫力に満ち、他をよせつけないオーラを放っていました。
 当時の映像を最近になって再び見ることができました。
 よく見ると連続ジャンプは飛んでいませんでした。テクニックで見せる選手ではありません。でも彼女の演技に酔ってしまった後では、もうそんなことはどうでもよくなります。それほどの存在感、美しさでした。
 ホセに殺されることが分かりながらも、逃げることなく自分の意思を貫き、彼を拒絶して殺されたカルメン。カルメンは実は“煙草工場の女工”なのですが、ヴィットのカルメンは毅然とした誇り高い女王を思わせました。処刑人の手を振りほどき、毅然と背をのばして、自ら断頭台にあがっていく女王のような。
 「カルメン」のラストで、ヴィットが氷に顔をつけ倒れた瞬間、広がっていく血を見たような気がしました。静かに立ち上がって勝利の微笑み、彼女は紛うことなき、“銀板の女王”でした。

 村主章枝さんの2004-2005年シーズンの「カルメン」、衣装は赤のヴィットと対照的な黒で、少しローラン・プティ振付のバレエ版『カルメン』を思い出しました。
 2004年はずっと調子が悪かった村主さんでしたが、四大陸選手権と世界選手権で見せてくれた「カルメン」は、ヴィットほどの迫力はなかったものの、もっと人間的で、生きようとするカルメンの意思が伝わり、死への悲しみや痛みも伝わってきました。そして自分の演技をより多くの人に見てほしいという村主さんの気持ちが。
 結果は5位でしたが、その日のフリーを演じた選手の中で、一番感動しましたし、私の中では、輝かしい金メダリストでした。