音楽:サン=サーンス 歌劇『サムソンとデリラ』より 「あなたの声に心は開く」
C. Saint-Saens, Mon coeur s'ouvre a ta voix (Samson et Dalila).

絵画:ギュスターヴ・モロー 「サムソンとデリラ」
Gustave Moreau, Samson et Dalila, 1882.

JEFFREY BUTTLE
2002-2003 2005-2006
His Long Program
"Samson et Dalila"



 サン=サーンスの歌劇『サムソンとデリラ』は、旧約聖書に基づいた物語です。
 紀元前1150年ののパレスチナの都ガザ。ここで、エホバの神を信じるヘブライ人は、ダゴンの神を信じるペリシテ人に征服され、奴隷としてこき使われていました。
 そんなヘブライ人を奮い立たせ、民族を解放したのが、神の力が乗り移った英雄サムソンでした。
 ところが英雄サムソンは、ペリシテ人の美しい乙女デリラに心を奪われてしまいます。復讐の絶好の機会と、ペリシテの大司祭はデリラにサムソンの弱点を聞くようにうながします。
 デリラに夢中なサムソンは、神の心に従うためには、愛も断ち切らなければならないと分かっていながらも、執拗に迫るデリラの誘惑に負け、ついに神に背いても愛を貫くことを誓ってしまいます。
 そしてデリラは有名なアリア「あなたの声に心は開く」を歌い、ついにサムソンの唯一の弱点を聞き出してしまいます。彼が神に与えられた力の源、それは長い髪にありました。

 ガザの監獄。髪を切られ、目をつぶされたサムソンは鎖につながれ、石うすをひかされていました。ヘブライ人の彼を責める歌声が響きます。
 宴で盛り上がるペリシテ人たち。サムソンを笑い者にしようと、ペリシテ人たちは彼を大神殿に呼び寄せます。そこには彼を裏切ったデリラもいました。さんざん嘲りをあびせられたサムソンは、ダゴンの神へ祈るようにと祭壇の前にに引き出されます。
 大きな二本の柱の間に立ったサムソンは、エホバの神に祈りました。神は彼の祈りを聞き届けます。そしてサムソンは満身の力を込めて柱を揺すります。神殿は轟音を立てて崩れ、サムソン、デリラ、大司祭、多くのペリシテ人は瓦礫の下にことごとく埋まり、死に絶えるのでした。

 このオペラ『サムソンとデリラ』の曲をを、男子シングル、カナダのジェフリー・バトル選手が、2003-2004年のフリー・スケーティングに使用しました。中盤にこの「あなたの声に心は開く」が流れます。
 どちらかといえば線が細く、きれいな金髪(私の大好きな俳優のジェームス・ディーンと同じ色の髪)、顔立ちもすべりも美しいバトルは、剛勇無双のサムソンには一見見えませんが、滑り出すと英雄そのもの。3−3の連続ジャンプを始め、次々とジャンプを決め、魅了されます。そこにこの「あなたの声に心は開く」が流れ、ふと天を見上げ、柔らかく、純粋すぎたサムソンの愛を表現します。この時のステップがまた素晴らしいです。そしてまた曲調が変わり、もう一度天を仰ぎ(今度は自分を後悔して)、素晴らしいスピンを見せてくれと後、崩れ落ちるように膝をつきます。
 短い中に『サムソンとデリラ』の世界がつまっていて、とても素晴らしいものでした。2005年のグランプリ・シリーズでのフリーは『グレン・グールドに捧げるクラシック・バリエーション』で、私はピアニストのグレン・グールドのファンということもあり、ものすごく好きなプログラムでしたが、グランプリ・ファイナル後、フリーを変更し、再びこの『サムソンとデリラ』をすべることになりました。
 2年前とまた違ったサムソンを、でも瞳は変わらず真面目で純粋なバトルが、どんな演技を見せてくれるか、とても楽しみです。