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音楽:ヴィヴァルディ 『四季』より 「夏」 第3楽章
Antonio Vivaldi, The Four Seasons, "Summer", 3rd Mvt.
MIDI提供:Yuki/Little Home on the Web

絵画:エドガー・ドガ 「14歳の小さな踊り子」
Edgar Degas, Little Dancer Fourteen Years Old, 1881.
Courtesy of CGFA.


Surya Bonaly
1992-93, 1993-94, 1997-98, Long Program


 フランスのスルヤ・ボナリー選手は、現役の時も、プロになってからも、何度も来日してくれる、馴染み深い選手です。力強いジャンプを得意で、体の柔らかい、高い技術を持つ素晴らしい選手で、数少ない黒人のスケーターです。
 1993年、94年、95年の世界選手権で2位、1994年リレハンメル・オリンピックで4位。高い技術を持ちながら、表現力が評価されず、金メダルを取ってもおかしくない選手にも関わらず、常に悔し涙をのんでいました。

 ジャンプを得意としたボナリーは、女子で初めて四回転ジャンプを成功させた選手でもあります。ただし、それは練習でのことで、公式の競技においては認定されていません。91年の世界選手権と、92年のアルベールビル・オリンピックの公式戦で挑戦していますが、国際スケート連盟には認定されませんでした。
 因みに、日本の安藤美姫選手が2002年のジュニア・グランプリ・ファイナルで跳んだ四回転が、公式に認定された初の四回転です。

 また女子選手では彼女だけが飛ぶバックフリップ(バク宙)。
 ボナリーはエキシビションで、軽々と飛んでみせてくれましたが、これは危険すぎると、すべての競技で禁止されていました。
 1998年長野オリンピック。
 ボナリーはフランス代表の1人でしたが、全盛期はすぎ、メダル候補ではありませんでした。
 そして迎えたフリー演技。規則、また評価されない表現力に対して、それに反抗するかのように、長野オリンピックでは、バックフリップを跳んだのが、強く印象に残っています。
 たしかによくないことでしたが、私はボナリーの悔しかった気持ちを思うと、悲しみと爽快さと、そしてこれが最後になるだろう彼女の演技に、愛おしさがこみ上げて、涙が出ました。

 ヴィヴァルディの『四季』は、ボナリーの代表的なプログラムです。1992-93、1993-94、1997-98シーズンのフリーです。1994年のリレハンメル・オリンピック、98年の長野オリンピック、共にこの『四季』をすべっています。力強さと柔らかさを同時に見せてくれる、美しいプログラムで、ボナリーは、このフリーで、必死に表現力を見せようと努力していました。



エドガー・ドガ 「写真スタジオでポーズする踊り子」
Edgar Degas, Dancer Posing at a Photographer's Studio, 1874-77.